binxの日記

主に映画、本やゲームについての感想を書きます

今敏 映像作品の紹介と解説

 

 

 没後十年を迎えるアニメ映画監督・今敏。その映像作品についての紹介と感想を書きました。

 

 

パーフェクトブルー

今敏の映画デビュー作。アイドルから女優へと転向した主人公。だが、過去のアイドルとしての「イメージ」が現実の女優としての「自分」を執拗に追い詰めていく。そのうち過去のアイドルとしての自分を否定するような仕事(レイプシーンやヌードの撮影)に関わった人々が次々と惨殺されていく。果たして犯人は誰か?というサイコスリラー。自分の中にある二つのペルソナがぶつかりあい、それが周囲の世界にも現実に影響を与えていくとような作品。平野啓一郎が提唱した「分人」という概念なども思い起こさせる。デ・パルマヒッチコックの技術を駆使して、日本のアイドルをテーマに据えるという発想に驚かされる。結構、猟奇的・性的シーンが多いので、そういうのが苦手という人は注意。

 

 『千年女優

昭和の大女優と呼ばれた主人公の半生を振り返る。主人公・千代子は主に原節子高峰秀子を彷彿とさせる。千代子の女優としての半生、若い頃一度だけ会ってから忘れられない思い人について語られるうちに、映画を観ている我々は不思議な感覚にとらわれていく。人生/現実世界の一場面と映画の一場面、それらの区別が次第につかなくなってくるのだ。戦国時代から未来まで、自由自在に駆け巡っていくその姿は、映画女優でありながらあたかも輪廻転生していく姿のようにも見えてくる。映画という虚構が現実と一体化して、両者の区別が無意味化したとき、そこに存在するのは人を想う妄執のような愛、そして人生へのささやかな肯定なのだ。

 

東京ゴッドファーザーズ

クリスマス×ホームレスというあまりお目にかからない組み合わせの心温まる物語。今敏作品の中では、最も誰にでもすすめやすい作品。ホームレス三人組は、クリスマスに捨て子の赤ん坊を拾う。それから物語は大小様々な「奇跡」や「偶然」を経て思わぬ方向へと転がっていく。細部まで作り込まれ、八百万の神が細部に宿るというコンセプトの東京という都市空間の美術もまた素晴らしい。『素晴らしき哉、人生!』『三十四丁目の奇蹟』などと共にクリスマスに観たい映画。

 

『パプリカ』

主人公・千葉敦子は患者のトラウマを治療する夢探偵・パプリカとしてのもう一つの姿を持っている。だが、肝心の機械「DCミニ」を巡って事件が発生する。「夢」をテーマにした摩訶不思議な映像がこれでもかと展開される。狂気に満ちた夢のパレードは、鮮烈な印象を残す。細田守時をかける少女』は(原作者が同じ筒井康隆ということもあり)最初本作と同時上映される予定だったとか。

 

妄想代理人

少年バットという怪人に襲われる事件が相次ぐ。話が進むにつれてその「事件」はあっても実体のある「犯人」がいないという不可解な状況が生まれてくる。その「事件」こそが主人公という奇妙な設定のテレビアニメシリーズ。社会に住む人々の自己欺瞞が膨れ上がり具象化してそれが最終的にカタストロフを起こす終盤、その自己欺瞞に最後まで流されない人の生き様に言いようのない感動を覚えた。

 

『オハヨウ』

一分間の短編。寝起きの女性のまだ夢うつつな状態を、高い密度のアニメで描く。朝、まだ意識が完全に覚醒していない状態が緻密な映像で体験できる。

 

 

夢みる機械

 以下、未完のまま制作が中断した映画『夢みる機械』についてこれまで知られている情報についてまとめ、考察をしてみる。未完の作品なので「こういう映画なのかもしれない」という推察が中心になる。

 

 遠い未来。動物はおろか植物さえも滅んでしまった世界。鉄腕アトムのようなレトロフューチャーな世界が廃墟となった世界が舞台。「電気の楽園」で暮らす小さな黄色い一体のロボットがいた。ある日、楽園にリリコという名の赤いロボットが流れ着いた。彼女は黄色いロボットにぴったりの頭部パーツを見つけた。それをはめ込み、黄色いロボットは「ロビン」として誕生する。このロビンが主人公。楽園での暮らしは長くは続かない。大津波によって電気の楽園は壊滅してしまう。ロボットたちは遠い彼方にある伝説の「電気の国」を目指して旅に出る。三人の旅先には電気を独占しようとする軍隊、<もっとの怪物>などなど幾多の苦難が待ち受けている。「キング」という青く強いロボットや仲間たちと共に戦いながら、彼らの冒険が繰り広げられる。幼いロビンは「もっと!もっと!」と新しいことを求めていく。すべてが新鮮な世界に心動かされていく。そうして旅の途中でロビンはパーツを手に入れて成長していき、幼いロボットは立派な青年ロボットへと変貌するという。

 基本は『オズの魔法使い』を土台とした冒険活劇。だが、随所に皮肉など色々な仕掛けが施されている。こどもも楽しめるアニメーションで、ミュージカル映画

 音楽は『千年女優』『妄想代理人』『パプリカ』の平沢進氏。今敏短編漫画集『夢の化石』の巻末インタビューによると、「重いテーマを見つけようと思えば見つけられる。そのとき、ラストシーンの持つ意味が変わる」という。観る人によって捉え方が違う、だまし絵のような物語の構造をしているのかもしれない。また、使って欲しいと指定された音楽がほぼ一つのアルバムに集中しているという。無言でロボットたちがダンスをするシーンでは氏の楽曲『帆船108』を指定されている。また、終盤では『RIDE THE BLUE LIMBO』が使われるとのこと。上記二曲は氏のアルバム『BLUE LIMBO』に収録されている。よって恐らくサントラはアルバム『BLUE LIMBO』を軸にしたものだと考えられる。

 プロデューサーの丸山正雄氏は本作のテーマは原子力ではないかと言う。制御できない力のメタファーとして、「電気」が出てくるのだろうか。

 

 以上『夢みる機械』について知っていることを思いつくままに書き記してきた。これらの情報を付き合わせると『夢みる機械』は、こども向けのミュージカルアニメでありながら現代社会に対する鋭い問題意識を持った作品なのではないかと考えられる。映画館に来た親子、大人とこどもで見えているものが違う、そういう作品を目指したのかもしれない。

 

 本作はすでに制作チームが解散している。脚本、絵コンテ、映像、いつか何らかの形でこの物語について知ることができたらと願ってやまない。